2012年05月

久しぶりに・・・自宅近くの長崎ちゃんぽんに行ってきました。
 
体重もしっかり、維持できているので、ガッツリ食べました・・・。
 
食べた後は、ちゃんと近くの公園でウォーキングです。!!
 
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あたり前の事・・・・。
ちょっと難しいですが、解る気がします。
 
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今日(5月27日)は、第2回なべちゃん会の開催日で、陸かめにも参加しませんか?と、中Gさんや宗像のはなさんからお誘いがあり、喜んで行って来ました。
 
集合場所は、博多駅近くのとあるカラオケ屋さんでしたが、そこは100kmウォーカー集団です。
JR福間駅から歩いて行こうという事になり、福間駅に10時集合で、はなさん・みさおさん・マリオさん・古Yさん・嶋Zさん・陸かめの6人で博多駅目指してウォーキングです。(古Yさんとは始めて、お話させてもらい、博多駅に着くころには、完全に打解けていました・・・。)
 
途中、唐津街道を歩いて、太閤水や夜泣き観音などの史跡を見学しながら、楽しく歩くことが出来ました。道案内役のはなさん・・・・ありがとうございました。
はなさんの案内で、集合時間ギリギリ?で到着でした・・・。
 
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なべちゃん会の会場には、先に着いて居られた、諸先輩方から温かく迎え入れられ、会場である部屋に入ってちょっと遅れて来られる主賓の鍋Tさん夫婦を、楽しく待っていました。
待っている間に、今回始めて参加の私とみさおさんの事を配慮されて、全員の自己紹介を行い、一通り終って乾杯して一息ついた頃に、鍋Tさん夫婦が来られ、あらためて乾杯で盛り上がりました。
 
鍋Tさん・・・私のブログもみられておられるみたいで、みているよと声をかけてもらって、陸かめ非常に嬉しかったです。そして、始めてじゃないよねって言われて、覚えてもらっていた事も嬉しくて・・・・胸が詰まる想いでした。(鍋Tさんにそっと寄り添って、それとなく鍋Tさんの世話をされている奥さん、素敵でした・・・。)
 
それに、他の方々からも、ブログみているよって言われ、嬉しいけど、ちゃんと書かないといけないなぁって、責任も感じました・・・。
 
楽しい、なべちゃん会は・・・・あっと言う間に時間が過ぎて、次回の約束を誓い合って、お開きとなりましたが・・・・・・みさおさんやはなさん達は、博多駅の飲み屋の方に消えて行きました・・・。
 
今回・・・なべちゃん会に参加させていただき、非常に嬉しく思っています。
今後も、会長の鍋Tさん・副会長のマリオさん・中Gさん・嶋Zさん・みなさん宜しくお願いいたします。
 
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ネットをさまよっていたら、下記のような記事に遭遇。
(秦映児さんのブログです。 http://eiji008.blog19.fc2.com/blog-entry-728.html
 
私が思っている事と・・・・一部は一緒だなぁって思ったので、転載しました。
 
 
 
 
ブログ記事を書くときは、実際に書く時間より、それに至るまでに使う時間のほうが圧倒的に多い。疑問点をネットで検索しまくったり、参考とすべき資料を書棚から漁り、それに読みふけってしまったりしているうちに時間が立って、あ~もうこんな時間か、明日は早い、もう寝ようということになってしまう。

ここ2~3日は、震災瓦礫受け入れ強行とそれに伴う騒動で、わが町北九州が全国的にクローズ・アップされてしまった。こういうときこそ、正真正銘の市民たる僕が詳細にこのことを記事にしなければならなかったのかもしれないのだが、仕事の合間に、ムカつくままにツイートするのみになってしまった。

瓦礫の広域処理の背後には、「助け合い」とか「分かち合い」とか「絆」とかいう表向きの美辞麗句とは無縁の、ただただ、「利権あさり」という本質以外に何もないということは、賢明なる読者諸兄には、早い段階からお気づきのことだろう。この国のお上が、翼賛的なかけ声で行った行為に、今までろくなものはなかった。

事故で発生した放射能は現地で封じ込めるのが鉄則なのに、わざわざ汚染されてない地域に汚染の可能性大の物質を持ち込んでくる。これで、北九州は「汚染地域」「危険地域」と「風評」されるだろう。焼却場のすぐ隣にある中央卸売り市場から流通される野菜を食べさせられなければならなくなる我々市民も、それを否定はできない。

さっそく、愛媛だかどこかの学校が修学旅行先が北九州だったために取りやめたらしい。忸怩たる思いがあるが、少しでも生徒の健康が損なわれる事態を避けようとする学校の判断は、実に正しく、賢明な処置と言わざるを得ない。とにかく、九州は安全ですと胸を張って言えなくなったのは間違いない。

60年代~70年代に工場から排出する煙で空を汚し、排水で海を汚してきた北九州市は、その負のイメージから脱却するために「環境都市」への生まれ変わりを数十年かかって追求してきた。今ではその「先進的」と自賛する「エコ推進事業」を以って他市への優越を誇ってきた筈だ。

それが、この件で灰燼に帰してしまった。北九州市はふたたび、「汚染された町」としての第一歩を踏んでしまった。そこまでのリスクを背負ってまで、どうして北橋市政は、「瓦礫受け入れ」に前のめりになってしまったのか。警察を動員して反対派を蹴散らかしてでも、瓦礫焼却を強行してしまったのか。

それを解くキーワードは、北九州に古くからあったいくつかの大企業の名なのかもしれない。そのひとつは「東芝」である。北九州市の小倉北区にある東芝北九州工場は、国内に現存する同社の、最古の工場だ。それが昨年末に北九州からの撤退を表明したのだ。このことが市に与える甚大な影響は計り知れないものがある。

取引先は北九州市内だけで80社を数え、二次請けや三次請けまで含めると影響を受ける企業の実数は数倍に膨れ上がるものとみられる。東芝本体だけでなく、これだけの企業からの税収が見込めなくなるわけだ。また、雇用が激減し、市外への人口の流出に、ますます歯止めがかからなくなる。

それでなくても、市の経済状況は深刻だった。前市長の放埓な各事業はどれも結果が思わしくなく、規模の大きな商業施設、ハコモノをつくっては誘致に失敗し、駅の近くに巨大な空家を無駄に存在させているまま。また、日本でも有数の高齢化率は、市の福祉予算を圧迫し続けている。

そのしわ寄せが「北九州方式」と呼ばれる「生活保護受給阻止」政策というかたちであらわれる。とにかく、水際で受給を食い止めようというわけで、本当に生活に困窮している者までもが受給を断られ、ついには餓死者が出て、全国ニュースとなった。わが町には「最後のセーフティ・ネット」は存在しなかったのだ。

そんななかでの東芝撤退である。また、同じ北九州の古い工場、「住友金属小倉」が、新日鉄に吸収・合併されるということも、北九州市にとっては深刻な事態だといわれている。まさに泣きっ面に蜂の集団が襲い掛かってきているようなものだ。そんな逆風を少しでもやわらげる朗報が飛び込んできた。それが瓦礫の広域処理だった。

北九州市は新日本製鐵の企業城下町と言われてきた。小倉は古くからの城下町だが、その隣の八幡は、貧しい寒村だった。そこに明治初年、官営の八幡製鉄所が建設されたのだ。八幡は、製鉄抜きには存在し得ない町として歴史を刻んできた。今でも、新日鉄の存在は、巨大なままである。

この新日鉄の会長・三村明夫氏が、実は「震災瓦礫の広域処理」の言いだしっぺなのだ。巨大な利権が見込まれる「瓦礫処理」は、おそらく港湾設備があり、焼却施設もある新日鉄にとっては、ぜひとも奪い取りたい事業ではなかったのか。新日鉄が儲かれば、北九州市も潤うことになる。

ましてや、北橋市長は新日鉄の労組出身だ。労使一体となった「企業選挙」で北橋氏は衆議院議員となり、また北九州市長となることができた。最大の票田のご機嫌を損ねることは、自らの政治家としての死を意味する。走狗となってご主人様のために働かなければ、自らの存続が危うい。

国家の暴力装置を使ってでも、瓦礫焼却を強行したかった動機は、ここにあるのだろう。いずれにしろ、こういう自己の都合で、われわれ市民、未来ある子や孫の健康が損ねられるかもしれないことは、断じて許しがたいと言わねばならない。そして、この焼却強行によって、他の困窮せる各自治体にその累が及ぶことを、憂慮せざるを得ない。

これに関連することは、まだ言い足りないが、夜も更けきったので、続きはまた今度ということでお許し願いたい。

久々に孫の陽香莉に会って来ました・・・・。
 
元気に育って、安心しています。
 
動画もアップしましたのでみてください。
 
 
 
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今日(5月26日)のウオーキングは、久しぶりに荒Kさんと一緒に、皿倉山周辺(山頂には行きませんでした・・。)ウオークを楽しみました・・・。
 
朝8時30分にスタートして・・・・途中、私の足に変化が出てスピードを落しましたが、何とか回復してそこそこのスピードにはなったと思っています。
 
歩き始めが違うので、私は33km、荒Kさんは30km程のウオークでした。
 
腰がどうなるかなって思っていましたが、足の方が痛くなって・・・ビックリのウオークでした。
今は痛みも無く・・・明日のウオークは大丈夫だと思っています。
 
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今日(5月26日)の昼食です。
荒Kさんとウォーキングして、八幡西区引野の高速バス停の近くのポプラ(コンビニ)の横にある、ラーメン屋さんです。
名前が暖簾等に書いて無く、昔から何と言う名前のラーメン屋さんなんだろうと、思っていましたが、今日作っているお姉さんたちが、バス停ラーメンと言われていたので、名前が判明しました・・・。
 
お値段は、ラーメン一杯250円・おにぎり120円・替え玉100円で・・・ワンコインでお釣りがきて、貧乏人には最高のラーメン屋さんです。味もシッカリ美味しくて、無いのはチャーシューぐらいです。
 
荒Kさんとの皿倉周辺ウォークでは、このラーメン屋で昼食が多いですね~。
 
一度・・・500円握って、食べに行ってください。失敗だったとは思わないですよ・・・。
 
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ウォーク仲間であり、熊野会の会長さんである、尊敬する矢Nさんの絵が、北九州市立美術館に飾られている事を知ったので・・・・行ってきました。
 
陸かめ・・・絵の事は素人なので、全然解りませんが、どれも力作という事だけは感じました。
 
  
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昨日(5月22日)、仕事で、大きなバルブを開けようとして・・・・ん、腰に違和感が、何とかバルブは開けて作業は終ったのですが、時間の経過とともに、額にあぶら汗が出てようやく立っているのが精一杯の状態になり、早退をさせていただきました。
 
今日は昨日より少し楽になりましたが、現場仕事が待っているので休むわけにもいかず、無理して会社に出ました。日頃から、100kmウォーカー等と・・・・胸張っていましたが、なさけない状態に肩身が狭い思いです。そう言えば、去年も10月の100kmウォーク前の引越しで、腰痛起こしました。
 
今年の原因は、日頃の練習前後のストレッチや準備運動が無いに等しいからだと思っています。
今回の腰痛を経験にストレッチを積極的に取り入れようと思っていますが、良くなったら忘れるかもですね。
 
「魔女の一撃」には、皆さんも、気をつけてくださいね。
 
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昨日から今朝(5月20日)にかけて、福岡県吉富町の町制70周年記念行事として、70kmのナイトウォークが開催されました。
 
スタート会場の吉富駅前や小学校には、ウォーキング仲間が沢山集まって、スタートの夜20時を待っていました。
 
知り合いの参加者や応援者を、覚えているだけ書きこみます。
女神様・M師匠・小文字山・タイガ・T盛・渕G夫妻・片Y夫妻・松O夫妻・M井・はなさん・中G・N野・T花マリオ・嶋Z・N園夫妻・サキちゃん・ア○マ(大分)・有T・吉M・赤ぐま・稲Dママ・村K・大M ・ウコン太夫・麻S・KK・とこさん 31名でした。(敬称略)
 
大会全体の参加者は約390名ほどでした。
 
私の歩きは・・・・何とか当初思っていた、豊前道の駅おこしかけ3CP(61.3km)まで、時速7kmを確保できたので良しとします。一緒に歩いたM井さん・・・お疲れ様でした。
 
ゴールして仲間の情報を聞くと、2位で4人同時ゴール(知り合いばかり)だったそうです。(1位はRUNの人らしいです・・・。)M井さんと私は、9位と10位で同時ゴールでした。
 
大会のコースが分りづらく、ショートカットされたウォーカーさんが居たり、道が分らず遠回りなど、大変だったみたいですが、私はゼ〇〇ン社員のM井さんのお陰で、間違える一歩手前で、難を逃れる事ができました。(流石・・・ゼ〇〇ン社員さんです。)
 
それでも、ゴールしたら晴れやかな顔で・・・・みんなでワイワイガヤガヤ、楽しいひとときでした。
 
スタートから9分ゴールから4分程ロスがあります。
 
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